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森田 信重(南部第一営業基地)
趣味は? と聞かれたら迷わず料理と答えている。母親の手伝いを手始めに、自分に向いていたのだろう。以来、素材の吟味から調理器具の工夫まで、舌を頼りにこなすようになった。
助手席の背のドライバー紹介カードにも、堂々、趣味=料理と書き込んである。同好のお客さまとは話がはずむが、中でも忘れられない体験がある。
そのお客さまには名古屋駅前から空港までお乗りいただいた。五十がらみの細身の紳士。物思いにふけっている様子なので、こちらも静かに車を走らせる。だから突然「何を作るんです」と話しかけられたときも、料理の話とは思いつかなかったほどだった。
合点がいって「手打ちうどん」と答える。妻の実家が四国の香川県。義父が讃岐うどんを打つので、こちらも技術修得に励んだのである。小麦粉になじんだから、パンやケーキも自信がある。
「私はそばを打つんです」と紳士が返して、それから出汁の話になった。うどんはイリコと昆布でとる。
「イリコはにおいがきつい。アゴに限る」
アゴ? 何です、それ。
「トビウオです。七輪で焼いて、天日干しすると、上品な出汁がとれます」
ここまでは年季の入った食通かなと思っていた。それが大根の桂むきの話に移って、正体? が明かされることになった。もとは京都で修業した料理人だったそうだ。それも伝統の流儀を継承する一流どころの。
それが入り組んだ事情の果てに身を引いたのだとか。断腸の思いだったことは想像に難くない。こちらも料理好きなだけに、そのつらさが、シート越しにひりひりと伝わってきた。
けれど、別の仕事を選んだとはいえ料理への情熱も一緒に捨て去ったわけではない。アゴの出汁のとり方を話してくれたとき、ミラーに映るその目が、別人のように輝いていたのだから。
空港に到着したとき、思わず声をかけた。お店を出してみたらどうかと。郷里は宮城県だそうだ。三陸沖のとびきりの素材が相手なら、不足はないに違いない。振り向いて快活に笑った表情を思い出すと、ひょっとしたらと思えてくる。
もしそうなら、ぜひ訪ねたいものだ。料理も楽しみだが、聞き忘れたことがあるのだ。アゴはどこの海が一番なのか、玄界灘か、それとも? |
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