この記事は2003年6月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。
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聞き手(名鉄交通社長)村瀬薫久 |
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小説「子盗り」で、2002年、第19回サントリーミステリー大賞の大賞と読者賞をダブル受賞された作家の海月ルイさん。子育てがひと段落したのを機に小説の作り方を学び、一気に頭角を現したというユニークな経歴も、注目を集めている。京都育ちだが、現在は阿久比町にお住まい。名タクもよくご利用いただいているそうで、お褒めの言葉をいただいた。 村瀬 京都からこちらにいらっしゃって、20年近くですか。言葉はまだ京都ですか。 海月 そうなんですよ。娘は保育園に上がるまでは、京都弁をしゃべっていたんですが、今はもう完全に阿久比弁。(笑) 村瀬 名古屋弁と随分、違うんですか。 海月 違うんですよ。名古屋は「どえりゃあ」とおっしゃるでしょ。阿久比では「でら」(笑)。私は実家が京都なので、葵祭の行列に娘を出したんですよ。他の子どもさんは全員、京都弁なんですね。休憩のとき、皆さんは「しんどいわ」と言わはるんですよ。うちの子は「でら疲れたげ」(笑)。お姫様の格好で。ウケましたよ。 村瀬 ほお。 海月 実家の親や兄弟は、「でら」というのは、デラックスの「デラ」や思うんですよ。で、阿久比弁はお茶目でかわいいって。 村瀬 向こうでは、斬新な言葉なんですね。でも京都の人は、プライドが高いですからね。文化を守ろうとするでしょ。空襲に遭ってないから、街並みも昔のままだし。 海月 牛車が通ってた道が、そのまま残ってますからね。車では身動きが取れない。歩きと自転車が一番確実なんですよ。だから名古屋に来たとき、ビックリしましたね。どこにでも車でいくのが当たり前という生活だから。 村瀬 だけど京都も、最近はずいぶん変わってきましたでしょ。 海月 変わりましたねー。ちょっと前までは私も京都に帰ると、懐かしく思いましたけど、最近は他の町に行ったような。街並みは全国、ほとんど地域差がなくなりましたね。阿久比町のショッピングビルと、東京のお台場にあるショップと、売っているものは同じですよ。 村瀬 言葉だけでしょうね、今違うのは。 海月 テレビや雑誌、ネットで、同じ情報を享受してますからね。昔は作家になるためには、東京に行かないとダメだったんですね。本が買えないから。今、そんなことはないですよ。私、資料調べは全部、阿久比町の図書館でやりましたよ。(笑) 村瀬 そこで思うんですけど、本を買って置いとくと、場所を取るんですね。かといって捨てるのも抵抗がある。一番いいのは、図書館の本なんですよ。だけど1冊の本を何百人、何千人が読むわけでしょ。タダで。そうすると作家にとっては、本は売れない。著作権料ももちろん入らない。これはおかしいと思うんですよ。 海月 おっしゃる通りですよ。だから推理作家協会から申し入れしているんです。せめて新刊を置くのは一年待ってくださいとか。知的所有権が認められないということは、作家が生き残れなくなるわけですね。生活できないから。そうすると日本の商業ビジネスに、小説が流通しなくなる。これは文化の崩壊を意味しているんですよ。 村瀬 一冊書き上げるまでに、いろいろ取材したり調べたりするわけでしょ。そこにかける時間とお金がなくなっちゃうんですよね。 海月 そうなんですよ。取材の交通費もタダじゃないですから。本当に根気のいる仕事なんですよ。ところが金銭的にはほとんど報われないんです。 村瀬 図書館は、定価1000円の本だったら、10万円で買うとかね(笑)。 海月 それはいいですね(笑)。ただ、図書館には思い入れもあるんですね。小さいころお世話になり、その延長線上に、今の自分がいるので。そういう作家の方は多いと思います。 村瀬 こちらでも、タクシーはよくご利用なさるんですか。 海月 はい。仕事で名古屋に来るときは、いつも名タクさんを使わせていただいています。運転手さんは親切な方ばかりで。 村瀬 それはありがとうございます。 海月 名古屋のことをまだ何も知らなかったころ、京都の友だちと名タクさんに乗ったんですけどね。友だちに「どこ(の観光地に)行くねん」って聞かれて、「名古屋は何もないねん」って、偉そうに言ったんですよ。そしたら運転手さんがものすごく優しくて丁寧でね。「名古屋にもいいところがいっぱいあるんですよ」って。 村瀬 ほお。 海月 金山にボストン美術館ができたとか、動物園には植物園もあって、1日では回りきれないくらいですよとかね。よく勉強してはって、感心しました。ああいう運転手さんに観光案内してもらったら、名古屋のイメージは変わるでしょうね。 村瀬 それはうれしいですね。 海月 私は地方に取材とか行くとね、運転手さんの話を結構、聞くんですよ。観光案内の本に書いてあることから、お客さんがしゃべらはることまで、知ってはるでしょ。レアな情報が入ってくるんですよ。村瀬 なるほど。 海月 例えばね、おいしいラーメン屋さん。京都でも夜9時か10時になると、空車のタクシーがダーッと並ぶラーメン屋さんがあるんですよ。そういうところは、確かにおいしいんです。そういうのにアンテナ張り巡らしてはる運転手さんにあたったときは、すごいラッキー。同じお金払っても、安いですよ。情報料ですもん。 村瀬 お客さまに合わせて、的確な情報を提供できるのが、サービス業のプロでしょうね。そこでわが社では、指名制度を始めたんですよ。好みの営業係をご指名願おうと。お客さまのニーズは千差万別ですからね。 海月 あ、それはいいですね。運転手さんにとっても、励みになるでしょうね。お客さんに喜んでもらえる仕事をすれば、評価されるわけですから。 村瀬 そうなんです。お客さまが何を求めておられるかを知るためには、観察力が必要なんですね。これは作家の方も同じでしょうね。 海月 おっしゃるとおりですね。作家に必要なのは、観察力と洞察力と想像力と言われてるんです。特に観察力は全ての基礎でして、描写力は観察力なんですよ。普段、どれだけ鋭い目で人や物を観察しているか。それをとりあえずは使わなくても、引き出しに入れておくんです。 村瀬 我々凡人がそれをやっても、引き出しに入れたことを忘れちゃうんです(笑)。今日はいろいろ勉強させていただきまして、ありがとうございます。 うみづき・るい 1958年、京都生まれ。華頂短期大学卒業。95年、栄中日文化センターに通い始め、98年、「シガレット・ロマンス」で九州さが大衆文学賞受賞。その後、東京の山村正夫小説教室に通い、「逃げ水の見える日」でオール読物推理小説新人賞を獲得。5月には最新作「プルミン」が発売された。
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