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加藤栄二(中川営業基地)
ハンドルを握って20年経つ。これだけの歳月だから、お客さまとのバックミラー越しのエピソードだけじゃない。なかにはフロントガラス越しに、ドキリとするような光景に遭遇することもある。
深夜に、人気のない道路を走っていたら、ヘルメットをかぶった男性が倒れていた。そばに大型バイクも転がっている。ドキリとして駆け寄った。幸いたいした怪我ではなかった。救急車が来るまで、声をかけて励ました。
この春には、もっとすさまじい出来事に出くわした。
無線を受けて、お客さまをご自宅まで迎えにいったのである。約束の時間まで間があったので、家の前でエンジンを切って待機していた。
真夜中の午前3時で、大通りからはずれた住宅街の小道は、物音ひとつしない。周囲は一戸建てがぎっしりと軒を並べている。
と、出し抜けにうしろから「どんどん」という音が聞こえてきた。何かがはぜるような音だが、まさか深夜に焚き火でもあるまい。車から降りて様子を見にいった。すると5軒ほど離れた住宅の前の乗用車から炎が勢いよく上がっていた。
そのときほど驚いた経験はない。車のボンネットから炎が噴き上げ、見る見る玄関の軒や壁をオレンジ色に染めていく。あたりを見回しても誰も起きてくる気配はない。
飛び出しそうになる心臓を押さえつけて、隣近所のドアを叩き、大声で叫んで回った。
一瞬後はもう大騒ぎである。消防車が到着するまで、バケツや消火器を手に、協力して―奮戦したがとても追いつかない。あとで聞いたところでは、くだんの住宅は全焼したそうだ。家人が無事だったことだけが何よりだった。
不審火の疑いが濃いが、火勢が強かっただけに、発見が遅れたらと思うとぞっとする。その発見の功に対し、消防署から礼状もいただいた。
深夜の住宅地は人気がなく、無防備になる。それだけにタクシーの「眼」は、異常のいち早い発見に結びつく。街の安全に大きな威力を発揮しているのである。最近、当社では深夜、コンビニ店の駐車場にタクシーを待機させている。これも防犯タクシーとして効果が大きく、お店からも感謝されている。
タクシーはお客さまを乗せるだけが使命ではない。タクシーの機転で解決した事件も多いだけに、つくづくそう思う。 |
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