この記事は1999年12月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

 

バックミラー

虫は身を助ける?

小川 和彦(中川営業基地)

 高校時代は野球の虫だった。むろん硬式、ポジションはサード。社会人になってからも野球チームに首を突っ込み、意気高くマウンドあたりを牙城と決め込んでいた。野球部あがりとしては、申し分ない居心地である。続けていれば、頼もしい鉄腕として町内の草野球伝説に名をとどめたかもしれない。

 その栄光の道筋を自ら閉ざしたのは26歳のとき。生まれて初めてゴルフクラブを握ってしまったからだ。体も大柄だし、おまけに町内のエースとして君臨している時期である。足腰のキレ、腕の振りが狂いなく一致して、ピンポン玉のようにボールが一直線に空を突いた。誘った友人がうなだれる、その隣でプロのインストラクターが話し掛けてきた。きみ、プロを目指してみる気はないか?

 その瞬間、野球の虫が旅立ってしまい、代わりにゴルフの虫が巣を張ってしまったのである。勤め先をゴルフショップに移し、1年間クラブを振りまわした。そのあとはもっと本格的である。ゴルフ場の練習生になってしまった。毎朝、お客がやってくる前に、1ラウンドコースで叩く。日中はキャディを務め、夕方から再び練習。夜明けからクラブを握るから睡眠時間は4時間ほど。何せゴルフの虫だからへっちゃらである。ここで2年間、修業を積んだのだが、結局はゴルフのむつかしさをいやというほど思い知らされる結果になった。ほかの練習生は子供時分から英才教育を受けたものばかり。とても歯が立たない。コースを回るたびに、自慢のゴルフの虫が落ち着きをなくすのである。で、とうとう虫の息になったのをしおに名古屋へ戻り、クラブならぬハンドルを握ることにした。いろいろなお客様の話をうかがうのは楽しいし、知識の幅も広がるので性分に合っているのである。とくにゴルフ談義となると、かつての虫の消息が自分でも気になるのか、なにやら甘酸っぱい気分になる。なくしたものを見つけ出したような気がして、つい話し込み、一度などは高速道路の出口を通り越してしまったほどだ。そのお客様もさっぱりしたもので、おしゃべりが続けられるとケロリとしていた。ゴルフ体験がこんな形で役立つのも、ドライバーという職種のおかげかもしれない。いろんな虫が巣を作ったけれど、この仕事の虫だけは安穏を決め込むような気がする。