この記事は2000年9月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

 

バックミラー

誉め言葉は「名タクさん」

深海ふかみ 正己(南部第1営業基地)

 ハンドルを握る前はホテル勤めだった。都心のホテルのフロント係。お客さまの応対が業務である。

 気持ちよく宿泊していただき、気持ちよくお帰りいただく。成否はフロントの印象ひとつにかかってくる言葉遣いは、だから大きなキーポイントとなる。

 今はやりの「とか」「なんて」は論外。「です」「ます」でスレスレの合格点。「…でございます」なら完璧である。といって白々しく聞こえては逆効果なのだから、なかなかむずかしいのである。

 もうひとつ、ホテルの使命には一にも二にもお客さまの身が第一となる。バスルームの給湯の調子がおかしい、と呼び出しがある。「さようでございますか」なんて言ってはいけない。「おけがはございませんか」と、何をおいてもお客さまの安全を気遣うべきなのである。謝るのは後でいい。

 これはタクシー業務にも共通している。やむなく急プレーキを踏んだときも、とっさに「おけがは?」という言葉が口をつく。するとお客さまも気分よく、やや前のめりになった体を座席に戻してくれるのである。

 言葉遣いもそうだ。ほんの近距離ですがと、申し訳なさそうにお客さまが告げる。けれどもこちらの丁寧な応対に、ほっとした表情を見せてくれる。たとえ短時間でも居心地よく乗ってもらえれば、こちらも気持ちがいい。

 スーパーに行くお年寄りをお乗せしたとき、道中の応対ぶりが気に入られたのか、買物ついでにと差し入れまでいただいたこともある。

 もちろんお客さまのタイプは千差万別。丁寧語一辺倒で接しているわけではない。相手のペースに添うようにして、ごく自然な応対を心がけているだけである。もっともお客さまの気持ちを思いやる姿勢が身についたのは、ホテル勤務のおかげかもしれない。

 とはいえ、こうした体験は、それほど吹聴するには当たらない。実は入社して驚いたのだが、当社には接客に長けた先輩や同僚がいっぱいいるのだ。

 その証拠がある。お客さまから「運転手さん」ではなく「名タクさん」と親しげに呼びかけられることが多いのだ。当社の接客イメージをうかがわせる、何よりの誉め言葉だろう。ますます業務に力が入ろうというものだ。