この記事は2001年3月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

菱形つれづれ

「南十字星」

名鉄交通取締役相談役
村手光彦

 私ども夫婦がニュージーランドを観光旅行したときのことです。空港での送迎や、ホテルでのチェックインのときだけ現地の日本語案内人が現れて、翌日のスケジュール手配をしてくれるというツアーで、いささか不安もありましたが、気ままな旅を楽しんでいました。

 ある日、湖畔の静かな保養地であるクイーンズタウンのレストランで夕食を終え、手配してあったタクシーに乗って、15分ほどのホテルまで戻る途中のことです。突然、ドライバーが車を脇道に入れ、人気のない真っ暗な空き地に停車し、扉を開けて私たち夫婦に「降りろ」と合図するではありませんか。一瞬、何をされるかと血が凍ったような気がしまし一た。が、ドライバー氏の次の言葉は、「南十字星を見てごらん。ここが一番、星のきれいに見える場所なんだ」「!!!」

 後で考えれぱこの初老の個人タクシードライバー氏は、大変気安く、「ちょうど自分たちも食後のドライブのつもり」と助手席に同乗した上品な奥さんを紹介した上に、二人で何かと話し掛けてくれるので、こちらも片言の英語でポツリポツリと会話していたのですから、一所懸命サービスを尽くすつもりだったのでしょう。その相手に対して、瞬間とはいえ悪い想像をした私自身まことに恥ずかしい気持ちでいっぱいになりました。

 善意のすれ違いを少なくするには、やはり人類全部がお互いもっと自由に言葉を交わすチャンスを増やし、信頼し合えるよう努力、勉強することしか方法はないのかもしれません。