この記事は2001年12月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

バックミラー
タコ焼きが教えてくれた接客の極意

前原  正(南部第1営業基地)

 つい昨年まではタコ焼き屋のあるじだった。名鉄の中京競馬場前に夫婦で店を開いたのである。立地は申し分ない。競馬の開催やら場外券の販売やらで週末はごったがえす。おかげで大繁盛した。日に3000個をさばいたこともある。

 場所柄だけではない。自分でいうのも照れくさいが、肝心の商品のできも、なかなかのものだと思う。

 元来が凝り性なのである。開店前には市内の繁盛店へ弟子入りして、コツを修得した。材料の吟味や調合も手抜かりはない。夏と冬では湿度が違うから、だしに入れる小麦粉の量も加減する。

 タコの下ごしらえもおろそかにはできない。タコはゆでると身が固くなるのである。さんざん試したあげく、蒸しダコに注目した。蒸すと、いつまでも軟らかく、うまみも逃げない。

 この蒸しダコとたっぷりの野菜を、鉄板の型に流し込んだ溶き粉に浮かせ、じっくりと焼き上げる。焼けた半分を薄皮を破らないように、ていねいにくるりと返す。数分後には表面がカリッとして中味がトロリの、おいしいゴルフボールが出来上がる。時間がたってもタコは軟らかく、焼き立ての風味が逃げない。評判が立って、学生や主婦、サラリーマンの固定客がついた。雑誌やテレビで紹介されたこともあった。

 風向きが変わったのは駅前が再整備されてからである。陸橋が架かって、人の流れが変わってしまったのだ。

 週末の忙しさから開放されたのを機に、店を妻に任せ、こちらはハンドルを握ることにした。立ちっぱなしから一転、今度は座りっぱなしの仕事である。

 とはいえ同じ接客商売。お客さまをもてなす姿勢には変わりはない。

 2つのコツがあると思う。1つはお客さまの表情を見て、お急ぎなのか、考え事をされているのか、推し量ること。そしてできるだけ気持ちいい時間をお過ごしいただくこと。

 もう1つは、ほかでもない。お客さまに与える自分自身の印象に注意することだろう。タコ焼き屋でもそうだ。店構えの清潔感、店主の身ごなしや笑顔が購買欲をそそるのである。タクシーの場合は、車両の手入れ、ドライバーの身だしなみ、安全運転や言葉遣いがそれに当たる。

 この2つを心がけて1年過ぎた。市内のあちこちに、これはと思うタコ焼きの店も見つけた。話題がでた折りには、タコ焼き党のお客さまに紹介しようと思っている。