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小出 正信(西部営業基地)
囲碁に魅せられて40年余りになる。碁好きの父親の横から覗き込んで、子ども時分も親しんではいたが、俄然やる気になったのは高校2年からだ。同級生に完敗し、悔しくて仕方がないので近所の囲碁クラブに通い出したのである。
大学時代は囲碁部の創設者になり、もっぱら盤面と向き合った。学生アマ本因坊戦では関東代表にも選ばれた。それくらい没頭したというわけだ。
囲碁は単純だ。すぐに打てるようになる。けれどもその単純さの裏に、底なし沼のような凄みが潜んでいる。やればやるほど、小さな碁盤が広大な宇宙のように思えてくるのである。
チェスではコンピュータ相手に世界チャンピオンが苦戦している。が、こと囲碁となるとコンピュータでは相手にならない。縦横19線の盤上で、一手一手が千変万化するからだ。同じ相手と何千局打っても、同じ碁は2つとない。だからみんな碁の魅力にとりつかれる。
お客さまの中にも愛好者はもちろん多い。当社タクシーの前部座席の背にはドライバーの紹介カードが架けられている。趣味欄を見たお客さまは、一様に身を乗り出してくる。腕に覚えがあろうとなかろうと、楽しい囲碁談義が繰り広げられることになる。
一度、凄腕の方をお乗せした。名古屋の繁華街で偶然手を上げられたのだが、なんとアマ日本一の打ち手ではないか。もちろん写真で見知っていたから、このときばかりは、こちらが身を乗り出したくなった。
また仕事についていえば、囲碁で養われた大局観がけっこう役に立つ。お客さまの流れは刻一刻と変化する。で、時間帯や天候、曜日も念頭に置いて流れを読み、流すコースを考える。「読み」が成績に結びついたときはしてやったりの気分になる。
最近ではもう一つ、効用に気がついた。囲碁は素直じゃないと強くなれない。我を張らず素直に碁石の気持ちになり、石の落ち着きたいところへ置いてやる。40年熱中しての、これが実感だが、この石をお客さまに置き換えれば、タクシー営業とぴったり重なる。
以来、素直な接客を心がけてハンドルを握っている。実は今年、タクシー事業関係の「中部ハイヤー・タクシー囲碁大会」で優勝したのである。素直な接客術を磨くことが、2連覇の「布石」になるのではと、ひそかに期待しているのだが。 |
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