この記事は2003年12月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

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「自己紹介のタイミングがいい人は拍手しちゃいます」
聞き手(名鉄交通社長)
村瀬薫久

 「大きな古時計」の秋田弁バージョンで全国的に大ブレイクし、秋田弁によるカバー曲を集めたCD「御訛り」も好評の伊藤秀志さん(49)。11月には新曲「福寿草」が発売され、年明けから全国ツアーが始まります。「これが秋田弁!?」という語感の美しさと、時代が忘れ去った素朴な温かさが、伊藤さんの持ち味。タクシー体験もほのぼのとした響きでした。


村瀬 学生のころから、流しをやっていらしたんですって?
伊藤 そうなんです。ギター持って女子大小路に繰り出して。カラオケがまだないころで、僕が流行ったのは、キーチェンジ。(ギターの)カポタストという道具で、簡単にキーを変えるんですよ。だから「低くも高くも、お客さんの声に合わせますから、歌ってみて下さい」と。で、「あそこの店に行くとあの歌が歌える」ということで、話題になったんですね。そこへCBCの方が現れて、「うちの番組でこれをやってくれないか」と。
村瀬 なるほど。
伊藤 流しをやっているころは3曲1000円で、一番稼いだときで1カ月85万円とかね。今ではとても稼げないような(笑)。で、放送局がどんなにくれるかと思ったら、4時間の番組で3000円。週1回ですから、月1万円ちょっと。これはビックリしましたね。
村瀬 秋田のお父さんは、そういうことを知っていらしたんですか。
伊藤 いえ、知りません。3年生のとき、学校から通知が行ったらしいんです。「除籍処分」と(笑)。僕はそれを知らなくて、急に家から電報が来て、「チチキトク スグカエレ」。変だなと思って隣の家のおばさんに電話して、「うちのオヤジどうしてる?」って聞いたら、「山さ出掛けとる」。(笑)


村瀬 学生アルバイトのつもりが、本業になっちゃったんですね。
伊藤 そうですね。あのころ屋台のラーメン屋さんが下宿の近くにあって、携帯ラジオから深夜放送が流れてた。屋台のお兄ちゃんが聴きながらゲラゲラ笑って、「あんたもこういうのやらなきゃ」と。いつも「つけでいいから」って言ってくれたんですよ。お兄ちゃんも中華料理屋をやるのが夢で、妹さんと2人で頑張ってて。
村瀬 いい屋台だったんですねー。
伊藤 冬になると串のどてを出してたんですけど、(食べた)串を屋根の上に置いたり、イスの下に入れたりするお客が結構いるんですよ。妹が「ちゃんと見てなきゃ!」と言うと、お兄ちゃんがね。「ドキドキしながらやって、『今日は1本ごまかせた!』という人が、ちょっと得をした気持ちと、ちょっと後ろめたい気持ちで、また来る。それが商売じゃないか」と。
村瀬 ほお。
伊藤 屋根を下ろして、串がバラバラッと落ちてきたときに、お兄ちゃんがニヤッと笑うんですね。
村瀬 知ってるんですね。
伊藤 そうなんです。それを見させてもらって、じゃあ僕にとって番組で、見ない振りしてあげる「串」って何だろうなと。


村瀬 伊藤さんの歌われた「大きな古時計」、僕はフランス語かと思いましたよ。どんなきっかけから、ああいう歌ができたんですか。
伊藤 去年の紅白は、平井堅が「大きな古時計」をニューヨークから歌ったのが話題になった。彼は二枚目で、歌もうまい。それが悔しくて。僕が勝てるところというと、実家の牛の数かなとか(笑)。それで彼に絶対できないのは、秋田弁で訛(なま)って歌うことだと。
村瀬 なるほど。僕は音楽は得意じゃないんですけど、聴いていると癒し系というか。
伊藤 ありがとうございます。最近は中高生からも「こんな気持ちのいい歌を聴いたことない。癒される」というメールをいただきます。
村瀬 本当にそう思いますよ。ご自分で作詞作曲するときは、詞が先にできるんですか。
伊藤 まず何を言いたいのかを作ります。で、その世界を言うには、どういうメロディーと言葉がいいのかを見つける。例えば父親に娘がいて、嫁ぐときには抱きしめたい。でもできない。もし「門出の日に父親に抱きしめられた娘は幸せになる」というジンクスがあれば、「イヤだけどよ、形だけ抱きしめるでな」と言って抱きしめられるような。それが今度の新曲「福寿草」なんですけど。


村瀬 普段は自家用車派ですか、タクシー派ですか。
伊藤 なるべく自分の車で移動していますけど、仕事柄、たくさんタクシーには乗せていただいています。よく思うんですけど、「名タクの○○です」って名乗るのは、すごく難しいですね。タイミングがいい人は、行き先を言ったときの対応も違う。だからパシッと言う方がいらっしゃると、拍手しちゃいますね。
村瀬 運転手さんは、対応もプロでないといけないんですけどね。
伊藤 札幌なんかですと、さりげなくよそから来る人を迎える感じで、さすが観光地の運転手さんだなと。そういうことを考えると、名古屋はもひとつ頑張ってほしいところもありますね。この前、新幹線の福島駅から放送局まで、タクシーに乗ったんですね。「運転手さん、福島の名物は何ですか」って聞いたら、「ないっ!」(笑)。そういうことを聞く人は、(福島駅では)滅多に降りないんですね。
村瀬 残念ながら、それはあるかもしれませんね。タクシーでこれまでに、何か印象深い体験はおありですか。
伊藤 新大阪から空港まで乗ったときに、運転手さんが「本日はご乗車ありがとうございます。まず家内のお礼の言葉を聞いて下さい」と言って、カチッとカセットを(笑)。「妻でございます。皆さまにご乗車いただいたおかげで、主人が給料をもらって帰ります。運転だけは上手な主人ですので、どうぞくつろいでご乗車くださいませ」って。
村瀬 すごいですね、それは。皆がそういう感謝の気持ちを持たないとね。
伊藤 半分、笑えるんだけど、僕は感動しましたね。


村瀬 今年のCBC小嶋賞を受賞されるそうですね。おめでとうございます。CBCに貢献した人に贈られるということで、なかなかもらえない賞なんでしょう。
伊藤 ビックリしてます。大阪でレギュラー持ったときに、CBCより大きい放送局に出入りするわけですね。待遇がよくて、専用の控え室があったり、「グリーン車で来てください」とか。CBCは「歩いて来い」(笑)。だから友だちに、「CBCは愛想なくて」と言ったら、「それがふるさとってもんだ。オヤジはそう褒めてくれんだろう」と。
村瀬 なるほど。
伊藤 だから今回、賞をくれるって言われたときに、初めてオヤジが「よくやったね」と言ってくれたような。
村瀬 いいお話ですね。今日は楽しいお話をありがとうございました。


〈注〉「CBC小嶋賞」はCBC創立者の故小嶋源作元会長の遺志と遺徳をしのんで設立された賞で、毎年CBCの放送や事業活動などに貢献した社内外の個人やグループに贈られる。


いとう・ひでし
1954(昭和29)年9月11日生まれ、秋田県出身。中京大学中退。現在のレギュラー番組はCBC「ツー快!お昼ドキッ」(毎木曜13:00―15:30)、「つボイノリオの聞けば聞くほど」(毎金曜9:00―12:00)。シングルCD「福寿草」は日本クラウンより発売中。全国ツアー名古屋公演は1月31日。問い合わせはサンデーフォーク TEL052・320・9100まで。

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