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岩木敏男(西部営業基地)
深夜、名古屋の繁華街でのこと。3人の青年が前を行くタクシーに乗り込んだ。と見る間に降車して、今度はこちらに近づいてきた。3人とも外国人。行く先がドライバー氏に通じなかったのだろう。顔を寄せ合って相談している会話は、どうやらスペイン語らしい。
そこで、どこまで行くのと声をかけた。もちろんスペイン語で、「ア・ドンデ・ケーレイル?」と。
たちまち彼らの顔色が輝き、息を弾ませて後部座席に乗り込んできた。
青年たちは、ほんの3日前にペルーから来日し、尾張旭市の工場に就職したばかりだという。連れ立って名古屋へ買物に来て、終電車に乗りそびれたらしい。言葉が通じず途方に暮れていただけに、スペイン語で話せるタクシーとの遭遇は思いもよらなかったに違いない。名鉄瀬戸線の三郷駅まで送り、そこから社員寮へ電話をかけ、迎えにきてもらった。双方から何度も丁寧に礼をいわれた。
名古屋も南米出身の外国人が目立って増えてきた。で、乗車されると(こちらのスペイン語に)まず驚き、それから一様に同じ質問を投げかける。どこでスペイン語を覚えたのかと。
実は30年前、アルゼンチンに移住した経験がある。首都ブエノスアイレスから50キロ離れてラ・プラタという港町がある。その近郊に住み、一家でカーネーション栽培に従事した。スペイン語は17年間の移住生活で身につけていった。妻もアルゼンチン人で、帰国した今も家庭ではスペイン語で通している。むろん標準語ではない。現地のなまりが相当強い。いってみれば「ラ・プラタ弁」である。
それでもスペイン語圏の国々の人たちと、日常会話なら不自由はない。ペルーやメキシコからのお客さまとも、ハンドルを握りながら大いに話が弾むのである。お客さまも喜ばれるが、こちらも少なからず心がおどる。第2の故郷というべきラ・プラタの思い出を現地の言葉で伝えることができるのだから。
愛知県では1年余後に「愛・地球博」が開催される。それを目当てに世界から観光客が訪れることになる。英語はもちろんスペイン語も、大いに名古屋の街を飛び交うに違いない。そのとき少しでもお役に立てればと、ひそかに胸をときめかせている。ひょっとすると、あのなつかしい港町のお客さまが、後部シートに座られることだって……。 |
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