この記事は2004年12月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

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長瀬忠司(西部営業基地)
 ニュースでは頻繁にその被害が報じられているが、まさか自分が事件に立ち会うとは思わなかった。ご存じ「オレオレ詐欺」である。

 8月下旬の昼下がり。配車の無線を受けて、お客さまを迎えにいった。名古屋のJR鶴舞駅近くのマンション。お年寄りのご婦人が乗車されたが、なにやら顔色が青ざめている。行く先は病院だろうか、と思っていると、「ここから一番近い銀行まで」と身を乗り出して告げられた。

 息子さんが運転中に事故を起こしたという。だとすると行く先がちょっと解せない。せかす老婦人をなだめながら話をうかがった。

 つい先ほど、電話があったという。息子さんが追突事故を起こした。被害者は妊婦で、救急車で運ばれた。電話の主はその妊婦の夫だと名乗ったそうだ。で、今なら示談ですます用意があると。

 お客さまは受話器を落とさんばかりに驚いた。「息子を電話口に出してほしい」とやっとの思いで答える。すると本人は動転していて話ができる状態じゃないからと、代わりに警察官が電話に出て状況を説明したそうだ。

 そういう次第で、被害者の要求する金額(数百万円!)を振り込みに銀行へ向かうというわけだ。

 聞きながら疑惑がどんどん広がってきた。話に聞く「オレオレ詐欺」の常套手段ではないか。そこで、気が気じゃない様子で通帳を握りしめているお客さまを、安心させるように穏やかに説得した。

 示談金の振り込みは一刻一秒を争うわけじゃない。それよりも警察に行って、事故の確認をすることが先決だと。

 最寄の中警察署で、老婦人に付き添い、ことの次第を説明した。すぐさま警察官が息子さんの携帯電話に連絡をとった。案の定、本人が元気な声で応対したのである。

 電話詐欺について、こんな手口にひっかかるなんてと、揶揄する人もいる。けれども親というのは、自分の子どものこととなると冷静さを失うほど、深い愛情を注いでいるのだ。その親心を踏みにじるやからは、たぶん愛情とは無縁の、不幸な連中なのだろう。

 後日、息子さんから丁寧な礼状が会社に届いた。感謝の言葉は面映いが、うれしかったのは「この件以降、一層名タクのファンになった」という一文だ。

 サービス第一を心がける営業係としては、冥利に尽きる。これを励みに、今後もお客さまを大切にしていきたい。



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